今日は人生最後の日です。
びっくりしないでください。そして、心配しないでください。
今日は一緒に考えてみましょう。
今日は人生最後の日、という話題は非常に重たいがこれが本来の常識です。
もし、賛成出来ないなら、次の質問に答えてみてください。
当たり前のようで、当たり前じゃない事は何だろうか。
色々思い当たりはあると思いますが、これはどうでしょうか。
息をすること。
確かに、僕たちは当たり前のように息をして生きています。
息をするって、長い人生で一番沢山やっていることです。
でも、自分の息を意識することはどれほどあるでしょうか。
おそらく、酸素不足の時、瞑想やヨガ中に深く深呼吸して体のリズムを整える時、あるいは、緊張をほぐす時くらいではないしょうか。
凄い息をしたぞとか、今の息の調子いいぞとか、いちいち意識しない。
考えたこともないでしょう。
でも、ご存知の通り、息をすることは凄いことです。
ものすごい細かいメカニズムで鼻から空気をいれてフィルタリングして、体に必要な分だけ吸収して要らなくなったものは吐き出している。
これができなければ生きることは無理です。
本当は、空気を胸いっぱい吸い込んで息を一つ一つ噛み締めてしっかり味わって吐き出すべきです。
が、息をすることは体の仕組み上、無意識に出来るように出来ているからいちいち意識すれば逆に疲れます。
ただ、丁寧に息を吸って生きるべきであることは皆知っていることです。
これこそ、常識です。
僕が好きな言葉があります。
Steve Jobs氏がStanford大学の入学式に招待された時に、学生たちに向けて伝えた言葉です。
僕は毎朝、鏡を見ながら自分に問いかける、
もし、今日が人生最後の1日だったら僕は何をするだろうか、どのように過ごすだろうか。
この言葉を初めて聞いた時、僕は感情的になった。
残りの人生がすごく短くなったような気がして危機意識に襲われたのを覚えています。
涙目にもなった記憶がある。
本当に我々はいつ死ぬか全く分かりません。
重い病気になるかもしれないし、事故や事件に巻き込まれてしまうかもしれません。
未来への確実な予測なんて誰もできません。
予想もできません。想像はできるけど。
もし、予想もしていないことが本当に自分の身に起きたらどうだろうか。
今の人生は満足だという人は別だがそうじゃなければ、切ないところか、恐ろしい結末ですよ。
一人で生きているのなら、またしも別ですが、そこに愛する家族がいて、仲のいい友達がいて、皆と過ごす時間をもっと大事にしたいという時にそんなことになればどうでしょうか。
なんとも言えない、暗い気持ちになります。
息をすることは、貴重だという気持ちを持たなければ人生最後の瞬間、後悔に押しつぶされて可哀想な死を迎える。
マジ怖い言葉ですが、おそらく、これが皆警戒するべき真実だと思います。
ま、でも、こんなことで暗くなってもしょうがないのでこの瞬間からでも自分に与えられた時間を大事に過ごせば遅いことはないと思いますね。
昔からやってみたかった事をやってみるとか、新しい道にチャレンジしてみるとか、会いたいと思っていた人に会って、伝えたい事を伝えるとか、行ったこともない新しい所に旅に出るとか、美味しすぎる名物を食べるとか、思いっきり勉強してみるとか、後悔がない生き方はいくらでもある。
休日は、やりたいことをやって思いっきりリフレッシュするのも後悔のないことです。
きっと、楽しい思いをするに違いない。
この瞬間は僕達のためにある瞬間です。
それを自分のために有益に使わないでどうするんですか。
後戻りはできないが、思う存分活用することはできる。
こんな意識を持てさえすれば時間はいくらでも有益に使えるし、楽しい思いもいっぱいできるはずです。
もっと、ワクワクして行きましょう。お互い頑張って行きましょう。
今日はここまでにします。
後悔のない人生を送る工夫、考え、行動こそがメンタリズムの最高の活用場だと考えています。