時間は平等じゃない、一日30時間生きる人もいる


時間平等じゃない,時間制限時間について一つ気づきがありました。

これを意識すれば、一段と高いレベルで行動ができるようになると思います。

時間は平等だと聞いたことありませんか。僕は数回あります。

確かに、1日24時間です。一週間は168時間、一ヶ月は30日で計算すれば720時間です。

皆同じ時間内で生きています。

 

イチローさんだけに一日26時間があるから誰よりも成功して当然だという馬鹿な話はありません。

こういう意味で考えれば、確かに、時間は平等だと言えます。

 

しかし、時間の長さではなく質を考慮して考え直してみてください。

「1日24時間です」はどのように聞こえますか。

 

普通のサラリーマンなら、3分の1が睡眠時間、3分の1が仕事、残りの3分の1のどれくらいが移動時間になるか。残りは?

少し焦りを感じませんか。

 

僕には、24時間は単なる制限としか聞こえません。24時間しかないよ、と聞こえてくる。

もし、あなたも同じ考えなら時間の大事さを実感できると思います。もっと大事に、満足できる使い方をしたくなると思います。

 

でも、時間は使い方によって流れて終わっているだけではなく十分有益に使うこともできます。安心してください。

例えば、早く帰りたい時は、歩いて帰るか、タクシーに乗って帰るか。あるいは、電車か、新幹線か。

早く帰れば、待ち望んだ家族との時間を満喫できます。子供と遊べるし、妻や夫を愛する時間も十分あまります。最高の時間です。

このように思えば、どの手段を使うか即決だと思います。

家族の話をしたが、例えば、より長い時間自分の趣味に当てることもできます。

例は、価値観によって様々だと思いますが、望んで獲得した時間とその時間を使いたいように使った場合、得られる満足度が全然違ってきます。

ささやかなことで実際に誰もが実感できることですが、時間を有益に使うことを意識すれば結果も大きく違ってきます。

幸せを感じる。

時間は長さより質だと考えるようにすれば過ごし方がかなり変わってきます。行動一つ一つ妥当性のある意味ある行動に変わります。

それが生き方の質につながるので、意識のこの差は大きいです。

 

こういう意味で考えれば、時間は平等ではないです。一日25時間、26時間、30時間と誰よりも長い時間を過ごすことも可能です。

自分をコントロールし、思うように動けることも立派なメンタリズムです。


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