曖昧な言葉が通じる唯一の場面


あいまい曖昧な言葉はダメです。物事ははっきり、正直の方がいいに決まっている。

 

このように思っている貴方は正直者です。

 

曖昧な言葉を使って、周りくねった道を辿らずに言いたいことをはっきり言うことは気持ちいいものです。

その場で決着つけていくことは相手にも自分にも望ましいことです。

曖昧な言葉は基本的に良くないです。曖昧な行動もです。

 

でも、はっきりしない、曖昧な言葉を使った方が人間関係において効果的な場面もある。

信じられないと思うが、相手を誘導するし、行動させる曖昧な言葉もある。

 

どんな場面なのか、その理由は?

 

次のような場面を想像してみてください。

 

あなたはスピーチコンテストに参考しようとしている。

テーマも明確で一生懸命調べました。

伝いたいことは幾つかあるが上手くまとめました。

話す準備もバッチリです。

人の心を動かす内容が出来あがったと思います。

 

そして、本番に挑む。

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スピーチコンテストが終わり、審査員の結果発表を待っていながら次のように思っている。

 

短期間で自分の言葉で伝いたいことは伝えた。自信も持って発言できたのでとりあえず出来たが、長い時間準備した割にちょっとだけ物足りなさがある。

説得力のある話し方だったか、言いたいことが相手に伝わったか心配です。

 

ヨイヨイ、審査が終わり、が次のように評価してくれた。

 

よくやったよ。私は君の話したことについて同感です。

 

このような場面であなたはどんな心境になりますか。

 

緊張や不安がその言葉で一気に吹き飛ぶでしょう。

あ〜よかった、とホッとするでしょう。

 

でも、審査員の言葉をもう一回みてください。ちょっと曖昧ではありませんか。

 

どこがよかったか、どのポイントに同感なのかはっきりしていません。あいまいです。

 

実はこのような中身は具体的ではない、はっきりしない、曖昧な言葉は人の気持ちに抵抗感なく受け入れられることがあります。

 

その理由は、私たちは不明な点や具体的な内容が伝わらないことに対して自分に都合がいいように解釈するからです。

上の例でいえば、自分がよかったと思うところ、ここは評価してほしいと思ったところを思い浮かべて褒めの言葉に当てはめている。

短期間でよく準備できたと思っていれば、短期間なのにここまでよく準備できたことを褒められたと解釈する。

話し方がよかったと思っていれば、よかったと褒めたのはやっぱり話し方がよかったからだと解釈する。

この具合です。

 

もっとわかりやすく言えば、人間は◯◯です、という話になれば、人間を自分に当てはめて、自分は◯◯です、という感じに解釈する。

 

自信があることなら、できる人は◯◯です、という話になればできる人に自分のことを当てはめます。

 

いつでも来てくださいと言われれば、自分の都合のいい日に当てはめます。

 

 

このように曖昧の方がお互いに取って都合がいいこともあります。

ただ、よく考えたら叱る時、はっきりしない、曖昧な表現は通用しないと思います。

 

人は否定されたくない生き物なので叱られると反発します。

いつもより冷静になります。

叱られるポイントを冷静になって考えるのでもっと具体的に教えて欲しい気持ちになるので曖昧な表現はかえって逆効果です。

相手が自分の都合のいいように受け入れてもいいことにははっきりしない、曖昧な言葉を使った方が効果的です。